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偽文士日碌

八月八日(金):35-36

 孫は来てよし、帰ってよし。
 この前までは伸輔一家が三、四日泊って帰っただけで夫婦ともふら
ふらになったものだったが、今回は恒司もあまり騒がなくなり、日中
は親子三人で花鳥園だの鳴門観潮だのに出かけてくれて、ずいぶん楽
だった。彼らは昼過ぎに帰っていった。
 夜、チャン・イーモウ監督が演出の、北京オリンピック開会式の模
様をテレビで見る。光子が感激して「この人は天才だ天才だ」と言っ
ていると、智子さんから電話がかかってきた。なんと留守中、泥棒に
入られていたと言う。ガラスを熱で溶かして窓を開け、侵入し、あら
ゆる抽出しを開けて中のものをあたりに撒き散らすという乱暴さで、
やってきた警官三人も「こんなひどいのは珍しい」と言っていたらし
い。光子に言わせれば「お金や金めのものがなかったので、怒ったの
ではないか」ということだ。
 それでも智子さんのシャネルの腕時計、マックのパソコン、伸輔の
カメラ、万年筆、そして実印が盗まれていた。そのくせ貯金通帳は盗
られていず、いちばんの値打ちものの、光子があげた智子さんの指輪
もそのままだったらしい。
 その後また深夜に智子さんから電話があった。いつもならとっくに
寝ている筈の恒司の声がうしろで聞えていたらしいから、可哀想に騒
ぎで寝られなかったのだろう。家の中がひっくり返っていて警官が三
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