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偽文士日碌

十二月一日(月):101-102

加したくてたまらんのだ。どんな面白い体験ができることか。どんな
素晴らしい人間観察ができることか。しかし作家としては、その体験
を書かなくては何の意味もないのである。おそらくは書いてしまうこ
とであろうが、それを発表できないのでは、これまた何の意味もない
のだ。むろん出版物の形で発表しようとしても、編集者乃至記者がけ
んめいになってとめようとするだろうから、結局はこのブログに書く
こととなる。たちまち六か月以下の懲役、五十万円以下の罰金という
ことになる。
 傍聴人でも知り得る事実については話してもよいとされている。し
かし書きたくなるのはおそらくその程度のことではあるまい。他の裁
判員の職業や人柄、裁判官と裁判員のやりとりなどをはじめとするそ
れぞれの発言の内容についても書きたくなるにきまっているのだ。そ
ういった細部こそが面白いのだし、作家にとっては書く価値のあるこ
となのだから。それを書くなと強制された時の作家的苦痛は想像する
にあまりある。ならば参加しないに越したことはない。国民の義務の
放棄だと言われればしかたがない。しかしこちらとしては、自分の体
験した貴重なことを書かないのは作家としての義務の放棄になると思
うから、それならば参加しない方がよいと思うのだ。
 なんだか以前の差別用語騒ぎを思い出してしまったなあ。朝日新聞
の本田雅和記者から「差別用語を使うのは作家の特権ですか」と言わ
れ、おれは言ったのだ。「あらゆる言葉を残すのは作家の義務です」
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