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偽文士日碌

一月八日(金):265-266

 中村満、上山克彦が来て、朗読会の打合せ。招待者名簿と挨拶状と
プログラムに載せる写真を渡し、申込書や往復はがきの原稿を吟味す
る。プログラムの原稿というものを忘れていたので、それも書かねば
ならない。 
 昨日までに長篇の最初の部分を三十枚ほど書いたものの、これでは
いつもの自分と同じではないかと思い、本日、破棄する。ヘミングウ
ェイは、気負って凝った書き出しはよくない、あくまでもリアリズム
に徹すべきだというようなことを言っていたが、今回だけはいつもの
自分ではないのだということを早いめに教える必要があり、読みにく
いということを予想させておかねばならない。大江健三郎「水死」を
読んでいると、「森」という字によく似た、「水」を三つ重ねあわせ
た字があることを知る。まだ自分の知らない字や言語がたくさんある
し、知ってはいるものの、使い方が正しいかどうかわからないために
今までまったく使わなかった字や言語もある。今回は読者を慮ること
なく、そういう字を思う存分使ってやろうと思う。言葉の意味を取り
違えて不正確に使っている作家はたくさんいるではないか。怖じずに
やろう。新しい言語を作るのはそれを充分にやってからだ。だが当分
は何も書かないで矯めに矯めてやろう。 
 耳鼻科へ行くが満員だったので、薬だけを貰って帰る。郵便局へ行
き、電器屋へ行き、薬屋に行く。外の風はとても冷たい。
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