今朝、深夜の一時ごろ、誰かがドアチャイムを鳴らした。ただ者で
はあるまい。光子はモニターを見て「あの子だ」と言う。われわれ夫
婦の上京前の三十日、庭仕事を頼んでいる庭師の野末さんが仕事して
いると挙動不審な青年がやってきて、いつまでもチャイムを押し続け
た。野末さんが応対すると、おれの熱烈なファンだと言い、おれとは
始終電波で交信しているなどと言い、果ては家の前の道路中央に土下
座して祈るなどの行為に及んだという。野末さんは警察に電話して来
てもらい、青年は保護された。野末さんが向かいのビルの警備員から
聞いたところではこの青年、それまでにも二度来ていたらしい。野末
さんから男の年格好を聞いていた光子は、おそらくその男性がまた来
たのだろうと言う。ほっとけば帰るだろうと思ってほっておいたとこ
ろいつまでも帰らず、二時ごろまで断続的にチャイムを鳴らし続け、
さらには庭に入ってきたらしく砂利を踏む靴音とともに何やらひとり
ごとをぶつぶつ言う声が聞えたので、光子はたまらず警察に電話をし
た。
私服の刑事も交え、おまわり約二十人がやってきて包囲網を敷くと
いう騒ぎになった。青年の姿はなく、どうやら逃げたらしい。附近を
捜索したものの、行方知れずである。絶対に外へ出ないでください、
今度来たらすぐ電話してくださいと言いおいて警官たちは引きあげた
が、光子によれば十分ほどのち、近くの路上で何やら怒鳴る声が聞こ
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