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偽文士日碌

十月十八日(土):807-808

 新幹線で京都へ。京都駅のプラットホームには新さんの長男の岡本
裕が出迎えてくれていた。歯科医の会合があるというのに、おれたち
夫婦に逢うのは久しぶりだからということで、福知山の駅前町から二
時間もかけて来てくれたので恐縮する。裕君の車は新さんが乗ってい
たトヨタで、新さんはあのベンツの付属品が入手不能になったので売
り払い、この車に買い替えたのだが、何しろ左ハンドルが右ハンドル
になったので運転が不便だから二度乗っただけで裕君にやってしまっ
たのだ。京都駅から十五分、歯科医院のあった寺町のすぐ近くの府立
医大病院へ行くと、玄関先に喜美子さんが待っていてくれた。緩和病
棟に入り、六階へあがる。新さんの病室へ入る。新さんは寝たままで
もう声も出ず、先日までやっていた筆談もできなくなっている。
 去年の終り、新さんは膵臓癌となり、自宅で療養していたのだが、
数日前から足のむくみなど具合が悪くなって入院したのである。新さ
ん久しぶりと言ったが、横臥したまま、眼を薄くあけたままだ。やっ
と仰臥したが、指をわずかに動かすのみ。新さんの手を握る。彼と握
手するのは初めてのことだ。新さんも弱よわしく握り返してきた。疲
れさせるといけないので三十分ほどで失礼する。新さんは軽く指をひ
らひらさせた。喜美子さんに見送られ、また裕君に京都駅まで送って
もらう。この裕君も奥さんの智子さんを一月に癌で亡くしている。岡
本家受難の年であった。東京の自宅には八時帰着。
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