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偽文士日碌

九月二十七日(火):985-986

 カド番だった豪栄道の全勝優勝はまことに目出たい。大阪出身力士
としてはおれの生まれる前の昭和五年以来というから大変だ。寝屋川
市というのもおれの叔母一家がいたところで、なんとなく親戚のよう
な親しみは前から感じていたのである。御嶽海もよく頑張って、おれ
の予想では来場所どうやら小結になりそうである。
 風太郎賞の候補作を読み続け、エンタメに飽いてきたので、青山拓
央から送られてきた「幸福はなぜ哲学の問題になるのか」を読む。さ
すがおれの愛読者だけあって、哲学書には珍しくユーモア感覚があっ
て楽しめた。特に丸括弧の中の付記が面白い。
 驚いたのは第三章に出てくる手塚治虫論である。実はおれもつい最
近「新潮」から頼まれて手塚治虫について論じたばかりなのだが、似
たような結論になっている。女性の幻像への渇望という結論なのであ
る。おれの手塚論は次号の「新潮」に掲載される。
 第七章ではおれの「モナドの領域」についても論じてくれている。
「本当に限られた人にしか意味の伝わらない内容を含んでいる」とい
う洞察は凄いと思った。「この感覚はわかる人にしかわかるめえな」
と思いながら書いたのは確かなことだからである。
 明日のビーバップは、何やらハイヒールの都合で十時半からになる
らしい。迎えが十時半になるのだと思っていたら、なんと収録が十時
半で、迎えは九時四十五分だという。年寄りをこき使うな。
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