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偽文士日碌

九月二十一日(月):1293-1294

「ダンシングオールナイト」を最後にして、「漸然山脈」以後の十三
篇を短篇集にまとめようと思い、新潮社・楠瀬啓之と相談中なのだが
早くも次の短篇の依頼がふたつ三つ来ている。しかしもう長いものは
書けなくなっているので、一篇十枚くらいの掌篇をのんびりと書き継
いで行こうと思っている。
 その楠瀬君が送ってきてくれたジョン・ヒューストンの自伝「王に
なろうとした男」が滅法面白いので夢中になって読んでいる。今読ん
でいる章に凄いのがあった。ある晩ジョンとパパ・ヘミングウェイと
がハバナのホテル・ナシオナルのバーで飲んでいると、人種偏見、特
に病的なまでに黒人差別に凝り固まった若いキューバ人がうろついて
いて、誰彼構わず上着の衿をつかみ、黒人をぼろくそにこきおろすま
では相手を離そうとしない、反吐がでるほどいやな奴だったという。
(宮本高晴訳)ジョンが面と向かってそう言ってやると、男はパパに
救いを求めた。なんと、こういう差別が大嫌いだった筈のパパが、穏
やかに笑っているのだ。「この糞ったれのケツを蹴り上げてやります
か」とジョンが言うと、パパが言った。「わからないのかね。彼はブ
ラックだよ」じっくり見るとなるほど彼は黒人だった。白人に見られ
たいためのいびつな憎悪だったのだ。
 実は山田風太郎賞の候補作にも差別がテーマのひとつになっている
作品があり、差別感情についてもいろいろ考えさせられたものだ。
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