午後五時、中公の並木君が車で迎えに来てくれて、東京会館へ。谷
崎賞、中公文芸賞の控室へ入ると、すでに稲葉真弓が来ていて初対面
の挨拶。文芸賞受賞者の井上荒野、乃南アサ、及び両賞の選考委員が
次つぎと到着し、満杯の控室は多士済済。六時、授賞式が始まり、文
芸賞の選評を浅田次郎がやり、受賞者が挨拶したあと、おれの出番と
なる。選評として語った一部を記しておく。
「ご案内の通り、今回の谷崎賞は稲葉真弓さんの「半島へ」に決りま
した。一度もお目にかかったことはなかったにもかかわらず、稲葉さ
んは小生にとって懐かしい人です。三十五年前、女流新人賞を受賞さ
れた時の作品を読んでおります。新鮮な文章を書く人だなあと思って
いたのですが、なぜかそれからしばらく作品を発表されなくなった。
どうしたのかなあと思っていたら、その十年後、二十五年前ですが、
今度は女流文学賞を受賞された「エンドレス・ワルツ」という作品で
再会しました。これはわたしが個人的にもよく知っているSF作家の
鈴木いずみと、アルト・サックス奏者の阿部薫の壮絶な夫婦関係を描
いた作品で、阿部薫などはわたしの家に泊ったりしたほどのつきあい
でしたから、とても嬉しかった。今日初めてお目にかかれてしあわせ
です。受賞された「半島へ」の選評はお手許の、「中央公論」に掲載
された文章をお読みいただければおわかりと思いますが、満票に近い
形で受賞に到りました。こんな地味な作品、推すのは自分だけじゃな
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