十二時半、松野歯科へ行く。上顎左側の犬歯の歯茎が腫れあがり、
顔面の左半分までが腫れあがってしまったのである。土曜日、月曜日
と治療を受けたが、まだ膿が出るほど溜っていないのだ。明日はビー
バップの収録に行かなければならないのだが、この不細工な顔をなん
とかしなければならない。アイスノンで懸命に冷やす。長篇を書きあ
げるのにずいぶん気力を要したから、そのせいか。
何しろ今や看護婦を九人もかかえる大医院の院長・松野吉晃は妻の
弟であり、だからこそ予約なしでレーザー照射などの高度な口腔外科
の治療がして貰える。有難いことである。
長篇の、先に送った最初の二百五十枚を読んで「新潮」矢野優が、
まだ最後の八十枚が届いてもいないのに絶賛のメールをくれたので吃
驚する。「長年にわたって発揮されてきた想像力の圧倒的な蓄積が、
ついに臨界点を越えて本作を可能にした」「反=倫理的な想像力がつ
いに有罪のまま釈放された」「倫理の懐妊と堕胎が同時に行われた」
「本作をいただくために自分は編集者になったのだと思える作品」と
いう過大なお褒めのことばであり、今まで多くの作品を渡してきたの
だが、これほど褒められたことは一度もない。おれも何だか「この作
品を書くために作家になった」と言いたい気分だ。嬉しいから祝杯を
あげたいところなのだが、あいにく吉晃君からアルコールは禁じられ
ている。残念。
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